【薔薇マーク提言】全員に確実に届く、真の「コロナ」経済政策はこれだ

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全員に確実に届く、真の「コロナ」経済政策はこれだ

2020年5月21日
薔薇マークキャンペーン代表・松尾 匡(立命館大学経済学部教授)
薔薇マークキャンペーン呼びかけ人等
橋本 貴彦(立命館大学経済学部教授)
梶谷 懐(神戸大学大学院経済学研究科教授)
岸 政彦(立命館大学大学院先端総合学術研究科教授)
菊池 恵介(同志社大学GS研究科教授)
桂木 健次(富山大学名誉教授・経済学)
小田中 直樹(東北大学大学院経済学研究科教授)
森永 卓郎(獨協大学経済学部教授)
朴 勝俊(関西学院大学総合政策学部教授)
岡本 英男(東京経済大学学長)
岩下 有司(中京大学名誉教授・経済学)
北田 暁大(東京大学大学院情報学環教授)
増田 知也(摂南大学法学部講師)
稲葉 振一郎(明治学院大学社会学部教授)
井上 智洋 ※政策のおおまかな方向性に関してのみ(駒澤大学経済学部准教授)
吉岡 真史 ※国債の日銀直接引き受け除く(立命館大学経済学部教授)
大坂 洋(富山大学経済学部経済学科准教授)
2020年5月26日時現在(時系列順)

 

薔薇マークキャンペーンへのご賛同のお願い

薔薇マークキャンペーンは、反緊縮の経済政策の実現のために活動しています。<https://rosemark.jp/>
今後も、提言の実現に向け活動を続けてまいります。
当キャンペーンにご賛同いただけるかたは、賛同フォーム<https://rosemark.jp/oubo/>にご入力をお願いします。

問い合わせ先:薔薇マークキャンペーン事務局(西郷、松尾)
電話:090-9315-7935
E-mail:info@rosemark.jp

概要

新型コロナ感染とその影響で亡くなられたかたに心からお悔やみもうしあげ、ご闘病中のみなさまの一日も早いご回復をお祈りもうしあげます。
そして、新型コロナウイルスのリスクの中で人々のいのちと暮らしを守るために奮闘されているすべての人々に、また、消費税・新型コロナ不況と闘うすべての人々に、心からの連帯の気持ちを表明いたします。
私たちは、以下に、全員に確実に届く、真の「コロナ」経済政策を提言します。
(以下に示す数字はすべて、おおまかな試算であくまで目安です。)

1.情勢:非常に深刻なデフレ不況の危機にあります。
様々な経済指標から、リーマンショックどころか戦前の大恐慌なみの不況になる危険性が見えています。この不況の下で、安倍政権が、危機に乗じて中小零細事業の淘汰を推進する危険性があります。さらに、デフレ不況が長期化して、大量倒産や、設備投資停滞、少子化や教育断念が進行した先には、最悪のシナリオである「供給力破損によるインフレ」が懸念されます。

2.真の「コロナ」経済政策のポイント
消費税・コロナ経済危機と、新型コロナウィルス感染拡大防止の対応のため、
(1)全ての人に、現金給付20万円を2回と、消費税停止(ゼロ%)<70.4兆円>
(2)事業・学問継続のために、休業補償(雇用確保)・中小企業支援策(家賃などの固定費免除)、学生の学費免除など<29兆円>
(3)医療装備品等の設備投資・開発支援、買取、供給ルートの確保など<2兆円>
(4)感染リスクのある職種で働く人に、コロナ危険手当。医療、介護、保育、食料など生活者に必要な供給力の維持・増強<32.5兆円>
※必要な防護体制の完備は大前提です
(5)地方交付金の増額など<6兆円>
[計約140兆円]

3.財源
財源は、原則として全て新規国債発行を日銀が直接または間接に引き受けることにより、まかなう。政府が新規国債を発行し、財政法第5条「特別の事由がある場合」による国会承認に基づいて日銀が国債を政府から直接引き受けして捻出することが合理的であるが、現行のように、いったん民間が引き受けたものを日銀が買い上げる方法でも、同様の効果が得られる。この国債は恒久的に借り換えを行うので、将来的にも増税による庶民の負担は必要にならない。

4.景気回復に必要な政府純支出額の目安
〔目安額:103兆円〕
従来からの需給ギャップ分14.4兆円、今年度のGDPの落ち込みマイナス50兆円、政府支出がGDPを増加させる乗数効果0.85として試算し、さらにGDPの落ち込み予測が27.6兆円の追加政府支出を前提していることを考慮した。(14.4 + 50)÷0.85 + 27.6 = 103(兆円)
(注)この計算は目安の額であり、支出が103兆円を超えてはならないという意味ではない。国内の雇用や生業をまもることに主眼をおいて上記2.の支出を行い、それによってインフレが進行するときには下記5.の税率調整で回収する。
なお、感染流行の長期化・再発などに対する人々の不安感から、貯蓄率が高まることが予想され、そうなると乗数はもっと低くなるので、上記目安額はさらに拡大する。

5.税制について
税金を財源とはしない。したがって復興増税は不要。ただし、経済政策の公平性、格差是正などを目的に、主として累進的な富裕所得税・金融資産税・法人税による増税を想定し、インフレ進行のときにはこの税率を調整する。<2兆円〜37兆円余>

概要は以上。以下、詳細に解説します

 

詳細解説

はじめに
薔薇マークキャンペーンでは、去る3月から3回にわたり、政府の緊縮政策(庶民にはお金を使わないケチな政策)の問題点を指摘するとともに、それに代わる人々の生活を守るための経済政策をうったえてきました。
(これまでの提言一覧はこちら<https://rosemark.jp/category/statement/>
薔薇マーク以外にも様々な個人、団体の方が「一律給付」「自粛と給付はセット」などをうったえ、安倍政権の政策に影響を与えてきました。しかし、まだまだ足りません。
このままでは、社会には失業・廃業があふれ、たくさんの自殺者がでてしまいます。そんな状況が長引けば、国全体で人々に必要な商品・サービスを供給する力も損なわれてしまい、日本社会は地獄と化してしまいます。
4月30日までに、安倍首相は一律10万円給付を含む「117兆円の経済対策」を閣議決定し、その後も追加の対策の検討はなされていますが、いわゆる「真水」の政府支出は28兆円程度で、金額もスピードも出し惜しみしています。政府があえて出し惜しみを続ける意図は何でしょうか。「国際競争力・生産性向上ができる者のみが生き残る」という支配層の意を受けて、中小零細企業を淘汰するつもりではないでしょうか。自民党幹部が言ったという「これでもたない会社はつぶすから*1  「ゾンビ企業は市場から退場です。新時代創造だね」*2との発言にそれが現れているように思います。
これを読んでいるみなさん、これからの社会をどうしていくか、根本的に問い直しませんか?この提言は、「生産性」で人間の価値をはかる社会とは別の社会づくりに向けた、みなさんへのいたって真面目なメッセージです。
素朴な生活実感に基づく私たちの怒りや願望に向き合い、その欲求を満たす経済政策。これこそが、「生きているだけで価値がある」社会を拓くと確信しております。みんなで一緒にがんばりましょう。
*1; 自民幹部「もたない会社潰す」発言に透ける安倍政権の本音 4月15日 日刊ゲンダイ
*2; あいさわ一郎Twitter(@ichiroaisawa、2020年5月3日)

1.情勢:コロナ危機の景気への影響

①実質成長率の大幅減予測が次々と発表
4月7日の緊急事態宣言後に、シンクタンク各社の予想する今年度の実質成長率が発表されましたが、それらはおおむねマイナス4%台となっています。IMFの予測(4月14日発表)では、今年暦年でマイナス5.2%とされ、4月27日の日銀の予測も3〜5%のマイナスと、同様の値になっています。これらの予測は、だいたい秋口からの回復を見込んでいますが、ゴールドマンサックスの4月7日のレポートは今年暦年、年度共にマイナス6.0%を予想しています。さらに4月24日、日本経済研究センターは、今年度の実質成長率はマイナス8.0%に沈むと発表しました。リーマンショック翌年2009年暦年の実質成長率は、マイナス5.4%でしたので、それを凌駕する落ち込みとなります。感染が夏に収束しなければ、戦前の大恐慌なみの不況になる恐れがあります。収束に向かう過程でも自粛や三密を避ける運営をせねばならず、一旦収束に向かっても、大きな第二波がやってくる可能性があるので、その経済的打撃を考慮にいれる必要があります。

②失業・廃業の危機
薔薇マーク呼びかけ人の橋本貴彦・立命館大学教授が産業連関分析で出した試算では、3月の輸出の前年同月比の落ち込み11.2%が、そのまま年間の対前年比の落ち込みとなった場合、その波及効果によって、99.2万人が職を失うという結果が出ています。100万人の失職予想という報道もありました。輸出の落ち込みは、さらに進行する可能性もあります。また、輸出だけではなく、運輸、観光、飲食、小売り、個人向けサービスなど多くの分野で需要が冷え込んで失業者が生まれており、さらに波及効果で職を失う人が出ますので、結局、今年いっぱい停滞が続けば、100万人を上回る職が失われたとしても不思議ではありません。

③消費増税とのダブルパンチ
また、もともと昨秋の消費税率10%への引き上げによって、自営業者はじめ中小零細事業者が深刻な打撃を受けました。そこに、追い打ちをかけて新型コロナ流行に見舞われました。お客さんが来なくなる中では消費税の転嫁はますます困難になります。しかも消費税は赤字でも払わなければなりませんので、たくさんの業者が事業を続けられなくなると予想されます。実際、帝国データバンクの調べの倒産件数は、消費増税に先立つ9月以来7ヶ月連続で前年同月を上回っていますが、今年3月は744件と、前年同月の651件に比べて14.3%も増えました(後記:4月はもっと増えた)。

④最悪のシナリオ「デフレ不況長期化で供給力破損によるインフレ」
この状態で新型コロナウイルスの流行が一定の収束を見せた時、いったいどんなことになるでしょうか。戦争と違って供給能力の物理的破損がないのですから、多くの人たちが所得が足りず、旅行やイベントも回復せず、企業も将来が不確定で設備投資に乗り出しづらい状況で、何の政策もとられなければ、あらゆる分野に波及した総需要不足のせいで厳しいデフレ不況が続きます。しかも今回のコロナ禍のあいだに、企業が半ば無理やりに省略した仕事がコロナ明けにも元に戻らず、ますます雇用状況が悪化する可能性もあります。
その一方で、当面は、部分的に供給不足になる分野も発生するでしょう。新型コロナウイルス感染や感染防止のための休業や、操業・移動の制限により、人手不足、サプライチェーンの損傷、輸入の途絶などがあるからです。現に、医療の分野において、マスクや消毒剤、防護服、人工呼吸器などの医療用機材が深刻な供給不足の中にあります。特に食料が供給不足になり、その価格の上昇が無視できなくなると問題は深刻です。
こうした供給不足による価格上昇は、コロナ禍が収束して正常な生産活動が行われるようになると解消されるものです。しかし、コロナ禍中やその後の経済停滞が長引くと、設備の更新投資がなされないままになったり、中小事業者や農林水産業者がたくさん倒産・廃業したままになります。また、もともと国産品を製造していた国内産業も、外国からの輸入によって淘汰されてゆくことになります。そうして経済全体の生産能力が損なわれた場合、インフレが起きる危険性があり、このようなインフレは最悪のシナリオです。

⑤円高による追い打ち
特に目下、アメリカはじめ各国が巨額の通貨を作って財政投入している中で、日本だけが手をこまねいていればたちまち円高になって、中小事業者や農林水産業者の倒産・廃業に拍車がかかるでしょう。これまで日本で生産してきた様々な製品が、二度と日本で生産できなくなるかもしれません。そのことは将来に禍根を残すことになると思われます。

2.情勢:コロナ禍における支配層のコンセンサス(ねらい)

上述のような情勢において、安倍政権の117兆円(真水28兆円前後)の経済対策はどのように評価すべきでしょうか。
この政府案、特に4月7日に発表された当初のものは、日本の支配層のコンセンサスとも言える立場からの政策をベースにしながら、そこにこの機に乗じた各省庁や利害関係者のさまざまな要望がキメラ的に付け加えられたものと言えます。それゆえまず、そのベースとなっている支配層のコンセンサス的政策を確認することから始めましょう。

①消費税は、中小零細企業淘汰の手段
日本の支配層のコンセンサスと言えば、与党側も主要野党側も含め、消費税10%以上という教義が筆頭にあがるでしょう。では消費税10%の世の中というのはどんなものか。地域経済やコミュニティを担い、人々の生業の場となってきた、個人商店や中小零細事業が、もはや立ちいかなくなって一掃され、スケールメリットのある全国チェーン店やグローバル大企業ばかりが生き残る世の中だと言えます。そこに働く人たちの多くは非正規の低賃金労働者ということになりますが、低賃金でも、地場の産物ではなく、円高による激安輸入品があるからなんとか生きていけるということになります。
これは、小泉・竹中改革はじめ、このかん政府財界がうまずたゆまず目指してきたところです。「日本経済は国際競争力を失っている」と称して、生産性の低いとされる分野を淘汰し、生産性の高いとされる分野に労働などの生産資源を集中する。そのために、規制緩和や緊縮・デフレ政策を進めてきました。消費税もこの一環だと言えます。
消費税10%への引き上げによって、こうしたスカスカの格差社会への移行がだんだんと進んでいくことが懸念されたところですが、コロナショックのために、この移行が後戻り不可能なジャンプとして起こることが懸念されます。

②「東京財団政策研究所」のコロナ・ショックドクトリン
そうした目で見ると、東京財団政策研究所が3月17日に発表した「緊急提言」は、この支配層のコンセンサスに立ったビジョンを、コロナショックを奇貨に一気に実現しようという意図のもと、周到緻密に設計された経済政策パッケージだと言えます。そこには次のような提言が並んでいます。
・財政出動は、需要不足を補うだけのものではダメで、生産性を高める分野に重点投資(東京財団・提言2)。
・百兆円を限度として日本銀行がETFや株そのものを買うことは容認(東京財団・提言5)。
・消費税減税を否定して、所得急減者に的を絞って生活支援給付(東京財団・提言6)。
・それを超える支援は給付ではなく貸し付け。三年後に未返済の分から利子を払わせる(東京財団・提言7)。
・企業の退出(廃業、倒産)と新規参入による「新陳代謝が不可欠」として、さまざまな安楽死策を提案。「度重なる天災・自然災害ごとに中小企業へ支援するのはややもすれば過度な保護になり、新陳代謝を損ないかねない。」(東京財団・提言8)。

つまり、生産性を高める分野に絞って政府支出する図式です。大衆の消費需要を拡大することによって、個人事業・中小零細事業に対しても救済となるような需要の作り方は否定しています。だから、消費減税も全員一律給付も否定するわけです。給付は、あくまで生活を最低限支えるために、どうしても必要な所得急減者に絞り、それ以外の支援は貸付にする。つまり返せない業者は退場しろというわけで、この際コストをかけずに廃業できるように支援をしてやろうという仕組みです。
もともとこの東京財団政策研究所提言の発起人の先生方は日銀が資産を買い上げて通貨をたくさん作る金融緩和に反対の立場の人たちだったのに、ETFや生株に限定して日銀が買っていいとするのは、それ以外の、例えば政府のコロナ対策のために出された新規国債を日銀が買い支えることについてはあいかわらず否定的と読めます。
政府が発行した新規国債を日銀が買い取れば、大衆や中小零細企業を助ける政府支出ができた上に円安になるために国内製造業には有利となります。にもかかわらず、あえてETFや生株だけを大量に買えというのは、うがった見方をすれば、大企業を優遇することに加えて、日本株が上がって首尾よくいけば円高要因になり中小零細企業の淘汰にもつながってちょうどよい、とすら思っているとも受け取れます。
なお、上述の東京財団・提言2の、財政支出で投資すべき「生産性を高める分野」として具体的には、「デジタル化」と称し診療、授業、行政手続き、仕事などのオンライン化があげられています。感染防止策として通りやすい大義名分になっていますが、実際に無原則に実現されると、世界中で一番コストの低いところにオンラインで仕事が持っていかれ、地場の業者、医療、教育機関が淘汰されていくことが懸念されます。支配層があえてそれを狙っているのであれば、なおさらです。
東京財団政策研究所は竹中平蔵さんも理事長を勤めておられたことがあるところですが、今回の提言の二人の発起人の筆頭である小林慶一郎さんは、このたび、政府の新型コロナウイルスの「基本的対処方針等諮問委員会」のメンバーに選ばれています。かつて「オオカミ少年と言われても毎年1冊は財政危機の本を出していくつもりです」*1と言った人です。
*1; 日本経済新聞2018年5月17日

③東京財団の精神を貫き、かつマイルドに脚色した「大和総研」プレゼン資料
上述の東京財団政策研究所の提言は3月17日でしたが、その後、3月26日に、自民党の「経済成長戦略本部・新型コロナウイルス関連肺炎対策本部」の合同会議で、大和総研のエコノミストが経済対策の提言をプレゼンしています。その内容も、骨子は東京財団の提言の精神にそったものです(東京財団の提言を直接に継承したかどうかは不明ですが)。ただし、いろいろと配慮をいれてマイルドにしています。
規模は、事業規模が30兆円以上、うち国費投入が10〜15兆円以上となっています。特徴は、感染症の拡大を防ぎ国民の暮らしを安心させることを目的としたステージと感染収束後の需要喚起のステージに二分して、とるべき対策を変えていることです。第一ステージでは、需要喚起ではなく、必要なところに的を絞って生活や雇用を支えることを目的としています。第二ステージでは、観光や外食、レジャー、小売業などで使える商品券を給付するとともに、次の段階で「リモートな社会の構築」のためにとしてやはり診療、授業、行政手続き、仕事などのオンライン化があげられるとともに、「将来的には、今回の問題をきっかけとする産業構造の激変を視野に入れて、適切なスピードで企業の新陳代謝を促進すべき」とされています。
「今回の問題をきっかけとする産業構造の激変」というのは、やはり自営業、中小零細事業が衰退する事態をさすのだと思います。基本的に、消費税減税を明確に拒否し、大衆向けには、需要喚起とは切り離す形で、「的を絞った生活支援給付」と「融資による資金繰り支援」を基本とし、需要喚起についてはオンライン化を中心とした生産性向上のための財政投資を志向し、企業の新陳代謝を図るなど、東京財団提言の精神が貫かれています。しかもイベント中止の損失補填は極めて「慎重に考えるべきだ」とされていて、もっとシビアです。
しかし、上述のとおり、いろいろと配慮を加えてマイルドにしている面もあり、当初コロナショックで打撃を受けた産業の回復策を第二ステージで講じるとか、第一ステージでの税、社会保険料、公共料金の支払い免除、授業料のたて替えを掲げるなど、東京財団的原則を多少離れた配慮も加えています。興味深いのは、生活支援のための給付については、「本当に困っている主体に、きめ細やかに政策対応を行うのが理想形」として所得で給付範囲を制限するプランを勧めつつ、「スピード感や国民へのメッセージ性も極めて重要な考慮事項であることを勘案すると、一律に現金給付を行うという選択肢は排除できず」としていることです。

④政府の4月7日「108兆円経済対策」の正体——「大和総研」プレゼン資料が下敷き
お気づきのとおり、実際に4月7日に発表された政府の経済対策は、ほぼこの大和総研のプレゼンを下敷きにしています。規模も、見かけこそ108兆円の事業規模に詐欺的に膨らませて見せましたが、実態は真の政府支出部分(真水)はうち16兆円余りにすぎないと言われ、ほぼ大和総研の「国費投入」の規模15兆円にそっていました。「第一ステージ」と「第二ステージ」に分けるところも同じで、東京財団にも共通する、「消費税減税の拒否」「損失補償の拒否」「所得急減者に的を絞った現金給付」「融資中心の事業支援」などの点も同じです。現金給付については、対象者が狭く、しかも不公平なところがあることが問題にされ、多くの人々が声をあげた結果、10万円の一律給付が決まりました。しかしこれも、もともと大和総研の提言ではオプションに入っていたわけです。
第二ステージについても、「Go To キャンペーン」と称した観光、運輸、飲食等の需要喚起策と、「デジタル・ニューディール」と称したオンライン化推進策を二大柱としてあげたところは、大和総研の提言にしたがっています。そこに、この機に乗じて懸案である事業を入れておこうと各省庁が持ち込んできたプロジェクトがいろいろ追加して並べられていると見受けられます。
他方、さすがに東京財団や大和総研が提言しているような「新陳代謝」などの刺激的な言葉はなく、見かけとしてはむしろ中小事業の継続支援を表に出したものになっています。
これは東京財団的立場からすれば後退だと思いますが、一貫したこのかんの支配層のコンセンサスですので、こちらから強い声をあげていかなければ、実際の運用の中では、中小零細事業の淘汰が歓迎され、継続支援的精神は骨抜きにされていきます。実際、全国商工団体連合会の指摘によれば、「融資の実行件数、申し込みの半分」(「日経」3月27日付)、「融資実行に1カ月半かかると言われた」など、支援融資実行までの手続きが煩雑すぎて、緊急な資金需要に対応しきれていない実態があるとされています。持続化給付金の上限も低すぎて、休業やイベントの中止などで抱えた損失をカバーするにはとても足りないと言われます。予算規模は2.3兆円でしかなく、給付は1回限りです。雇用調整助成金は、厚生労働省によると、4月17日の時点で問い合わせ件数が11万8000件あるにも関わらず、支給が決定しているのはわずか60件だったそうです。支援の中心は融資ですが、東京財団の提言のとおり、無利子は3年だけでそのあとから利子がつく仕組みになっています。つまり、国はほとんどゼロの超低金利で資金調達しているのに、そのお金を使って中小零細事業者から利子を巻き上げる構造になっているのです。
政府の経済対策は、このように、庶民の暮らしに根ざした地元での雇用と生業に主眼があるのではなく、むしろ常に淘汰を繰り返して、グローバルな大資本に力をつけさせることに主眼を置いた政策パッケージになっていると言えます。人々の雇用と尊厳のための「ニューディール」の名を、強者をますます強くするための政策に冠させてはなりません。

3.必要な財政支出額の目安と財源

上述の、支配層のコンセンサスが貫かれた結果として、今なお必要なお金もサービスも届かない大衆の窮状があり、リーマンショックを遥かに凌駕する景気悪化があります。今こそ、これに代わる経済政策が必要だと考えています。それは、庶民の生活から不安を取り除き、庶民の懐を温めるために公のお金を大胆につぎこむことが、民意に根ざす需要を生み、それが働く人々の雇用と生業を豊かに作っていくという経済政策です。個人事業や中小事業で働く人々もみんな元気に仕事ができて、誰もが生きていてよかったと思える地域社会をつくる、そんな経済政策です。
大きな方向性として、新型コロナウィルス対応としての対策(休業補償や危険手当を適切に行い感染拡大を収束させる)を今後半年スパン、不況下での生活支援(消費税停止等)と供給力の維持・増強を今後1年スパンに設定し、それらの対策自体が不況対策となるように、必要な財政支出を国が行うというシナリオを想定しています。
なお、3月22日に発表した薔薇マークキャンペーンの経済対策提言(以下「3月22日薔薇マーク提言」という)は、まだ政府の緊急事態宣言はもちろんのこと、東京オリンピックの延期も決まる前の段階に出したもので、足元の訪日観光客減少や休校措置や個人的な外出回避などによる経済的打撃を予想して緊急避難的措置として組み立てたものでした。そこでは深刻なデフレ恐慌への突入の危機をうったえましたが、それはすでに現実化してきています。そればかりか、その後新型コロナ感染はさらに広がり、緊急事態宣言などの移動制限・外出抑制策もとられたことで、経済的影響は一層深刻さを増しています。
それらの情勢変化を踏まえて、改めて、景気回復(完全雇用に近い雇用改善があり、物価が安定する状況)に必要な政府支出の額を算定しました(以下の①)。また、次章(4.)にて、新型コロナウィルスの感染拡大を防止しつつ、人々が生活に困らないための対策も改めて検討し、その必要額を算定しており、それらの財政支出が物価安定の限度を上回る場合にはその税率を調整することで回収するという選択肢を示しました(以下の④)。

① 景気回復に必要な財政純支出の規模
必要な財政純支出額の目安は、「3月22日薔薇マーク提言」同様、2%程度の上昇を物価安定の限度として、そこまで雇用を拡大するものとして計算することにします。
冒頭に参照した日本経済研究センターの試算では今年度のGDPの落ち込みは8%でしたが、これは実質値で、名目値での落ち込みはデフレの結果もっと大きくなると思われます。また、同センターは年内自粛要請解除を前提しましたが、年内完全解除は難しいかもしれません。要請は解除されても、文字通りの自粛は続くのではないかと思われます。仮に、1%程度のデフレや下振れを見込むと、名目GDPが9%程度落ち込むことになり、その金額は約50兆円となります。「3月22日薔薇マーク提言」の時点でおこなった松尾匡のおおまかな試算では、今年1月のデータに基づけば、2%の物価安定目標に達するまで雇用を拡大するのに必要なGDPの増加は、14.4兆円となります。つまり、50兆円+14.4兆円で、64.4兆円のGDPの底上げが必要だということです。他方、政府支出がGDPを何倍押し上げるかを示す政府支出乗数は0.85と推計されました(詳細は、提言末尾の参考資料参照)。従って、GDPを64.4兆円押し上げるための政府支出額は、約76兆円となります(64.4÷0.85≒76)。
また、日本経済研究センターの試算は24日に出たものですから、当然16日発表の一人10万円の給付金決定はふまえているはずです。すでにその時点で政府経済対策の財政出動の規模は27〜28兆円あることはわかっていましたので、それがなされた上で、50兆円の落ち込みになるということになります。したがって、政府経済対策に代わる、私たちの側の対案の規模は、この27〜28兆円に76兆円を加えた103〜104兆円ということになります。
なお、次章で解説する経済対策を実施した場合、産業構造や労働分配率が大きく変化しますので、上記の計算はあくまで目安にすぎません。新型コロナウイルス感染流行持続への不安などから、貯蓄性向が高くなって乗数がもっと低くなり、景気回復に必要な政府純支出の額はもっと大きくなるかもしれません。この提言では、経済対策の目的である、国内の雇用や生業をまもることに主眼をおいており、103〜104兆円を超えてはならないという意味ではないことを申し添えます。

②財政支出の方法と体制
「財源」のための増税は、現在行えば不況をさらに悪化させるので避けるべきですが、将来も必要ありません。財源は、全て新規国債発行を日銀が直接・間接に引き受けることによってまかないます。政府が新規国債を発行し、財政法第5条「特別の事由がある場合」による国会承認に基づいて日銀が国債を政府から直接引き受けして捻出することが合理的だと考えますが、現行のように、いったん民間が引き受けたものを日銀が買い上げる方法でも、同様の効果が得られます。この国債は恒久的に借り換えを行うので、将来的にも増税による庶民の負担は必要になりません。したがって、いわゆる「復興増税」は不要です。
アメリカが中央銀行が国債をたくさん買う一方で数百兆円の真水で政府支出するなど、各国が通貨をたくさん出して財政出動している中では、放置すると円高の圧力がかかり、自営業や中小零細企業や農林水産業者が苦境に立たされます。その意味でも、国債は日銀が引き受けて円を増やし、金利を抑えることで円高を抑えることが必要です。こうして金利を抑えることは、金利負担に圧迫されている中小零細事業を守るためにも必要です。
また、経済の悪化や金融秩序の崩壊を防ぐために、日銀の緩和マネーで、地方債や社債等を買い入れる必要性は、否定できない局面です。しかしそのような措置は、政府が責任を持ち、国会の監督のもとに、雇用の維持や配当の中止などを条件としつつ、財政支出の形式で進めるべきです。現状、日銀はETF(上場投資信託)や社債やコマーシャルペーパーを大量に買い入れていますが、これは、雇用の維持や配当中止などの条件もおいていないことを見ても、あからさまな大企業支援になっています。
この財政出動を遂行するために、以下のような体制の構築を提案します。
・新型コロナ危機対策のための財政支出を扱う「新型コロナ危機対策特別会計」を設置し、国会に設置される特別の委員会が監督する。
・新型コロナ危機対応の財政支出は、この会計で国債を発行し、日銀に直接または間接に引き受けさせることでまかなう。
・日銀による社債の買い上げや直接の中小企業支援融資は公平性の問題からやめて、この特別会計で発行する財政投融資同様の国債を日銀が買い取る形にする。その資金で政策金融公庫または、このために特別につくる政策銀行が政府の方針のもとで支援融資を行い、上記国会の委員会の監督を受ける。この枠組みで、中小企業が既存の債務を無利子で借り換えられるようにし、その返済は当分猶予するものとする。債務の借り換えは預金通貨を増加させず直接の需要増大をもたらすものでもないので、その額は上記財政支出の上限の範囲に含まれない。
・新型コロナ感染症対策と、それにともなう経済対策のための地方自治体への交付金はこの特別会計に移し、やはり日銀に国債を引き受けさせてまかなう。

③ 給付方法の提案
ゆうちょ銀行は国有化し、乳児も含む日本に住むすべての人に郵便貯金口座を持ってもらって、後述の給付金、国費負担分の休業手当、公的な危険手当、労働力シフト事業の賃金をこの口座に払い込むようにすべきです。後述の医療装備品仕入れ会社の決済もゆうちょ銀行の口座に一元化し、政府が管理しやすいようにします。
そうすれば、マイナンバー制度を使う必要は全くありません。同制度は、情報管理がずさんであるにも関わらず、国民への管理主義志向が強いものです。しかも、多くの国民はマイナンバーカードを持っておらず、迅速な給付から排除されています。

④ 臨時の税制の設計
財政支出の財源としての増税(いわゆる復興増税等)は、現在も将来も必要ありません。しかし、新型コロナ感染症の広がりによっては、感染を防ぎ、人々の生活を守るために必要な支出がここで想定するよりもかさみ、そのままでは物価上昇率が物価安定目標を超える可能性もあります。また、供給体制がこの提言の措置にもかかわらず当面立て直らず、103兆円を投入すると一時的にせよ供給不足で物価上昇が進む可能性もあります。そのため、次のような課税の仕組みを作って通貨の吸収ができるようにし、状況を見ながら税率の調整をする必要があります。以下に示す試算については、あくまで目安です。
●強度な累進性を持った所得税で富裕層に課税する。一律給付金の裏面として、公平性を実現するためにも必要です。今の国税の最高税率は45%ですが、70年代はじめまでは75%でしたので、それに合わせると30%上乗せになります。年収1億円以上の所得総額8.1兆円に30%税率を上乗せすれば2.4兆円になります。臨時の課税ですので、もっと取ってもいいでしょう。抜本的には所得税の総合課税化と恒久的な累進強化、法人税の増税・累進化と大企業優遇税制の是正等、懸案の不公平税制の解消を行う必要があります。このことによって、全国商工団体連合会によれば、27兆円の税収になります。
●高額な家賃・地代収入への累進的な課税を行う。借家居住者や中小零細事業者への公的な家賃補助の裏面として、公平性を実現するためにも必要です。2015年の産業連関表では、「不動産仲介および賃貸」部門と「住宅賃貸料」部門の総生産の合計は、29.3兆円です。この数字には不動産仲介料がかなり含まれてしまっていることを考慮にいれ、累進をつけて平均1割を追加課税すると、約3兆円の税収になります。
●消費や活動を抑えたいものに課税するバッズ課税。例えば、ロックダウン(都市封鎖)などの強権的なやり方よりは、経済的ディスインセンティブに働きかける方が有効な場合があります。
●デフレの間には高額金融資産保有者に累進的な金融資産税をかけて通貨を吸収するとともに、消費支出を促す。例えば、5億円以上の純金融資産を持つ人の純金融資産総額84兆円に2%課税すると、1.6兆円、1億円以上5億円未満の純金融資産を持つ人の純金融資産総額215兆円に1%課税すると、2.2兆円、計3.8兆円になります。金融取引税については政府が専門家を集めて検討を開始します。

4.具体的政策案と財政規模

※試算に関しては、非常に幅のある数字のため、大まかな財政規模の目安として提案します

(1)全ての人に、現金給付20万円を2回と、消費税停止(ゼロ%)<70.4兆円>

①不況対策の考え方
本来、不況対策というものは、不況で総需要(購買力)が減退することで雇用や生業が失われるのを防ぐために行われるべきものです。その際、様々ある産業のどの分野にどれだけ需要拡大が及ぶかには、民意の反映や民主的意思決定に基づく公共性の確定が必要となります。
ところが、政府の経済対策の「第二ステージ」における需要拡大の対象分野を見ると、「産業のデジタル化」「観光や飲食やイベント」等々が並んでいます。
まず、「産業のデジタル化」の政府支出は、一部の大企業に利権を作り出すだけの恐れが強く(2.情勢④参照)、また、公共的意義があるという世論の合意はありません。
「観光や飲食やイベント」等々は、政府が恣意的に特定してそこのみに公金で需要を作り出すやり方です。しかし、今次不況は、その影響はすでに全産業に及んでいますので、政府が主観で需要の拡大先を特定するのではなく、一律給付金のような形で平等に人々に配られた貨幣を、ある種の「投票用紙」として民意の選択に任せるほうが筋がいいです。(福祉や教育、またはマスク生産や食料といった生活に必要な事業の維持に関して行う政府支出については、一義的には需要を作り出すような不況対策ではないのでその限りではありません。)
したがって、経済の全分野に需要が及び、庶民の雇用と生業を分け隔てなく危機から救う不況対策として、まずは、消費税を停止する(ゼロパーセントにする)ことと、需要増に十分につながる金額の一律給付金が必要です。所得が十分ある人にも給付金を配ることが「投票用紙」の平等に反するならば、給付金を課税ベースに加えて税金で調整すればいいことですし、累進課税を強化することで一部の富裕層への増税をすれば解決します。
また、そもそも「ステージ」(2.情勢④参照)などを区切って、生活支援と需要拡大を分けることは間違っています。そのような政府の発想自体が、地域に根ざした暮らしの生業とは切り離されたところに経済繁栄を求める発想の証左です。庶民が日々生き抜くために支出すること(生活支援)が、とりもなおさず地域経済を支えること(需要拡大)なのです。観光やイベントに限らなくとも、生きているだけで支出はするわけですから、消費税を停止すれば消費者も助かるし、消費税を価格に転嫁できず自腹を切っていた多くの業者も、負担がなくなるし顧客は増えるし助かります。苦境にある人たちは給付金を生活のために全部使うでしょうし、全部は使わない人も、コロナ禍が終われば支出するでしょう。どちらにせよ、そのことで助かる雇用や生業があります。感染流行がおさまるまでは外出するなというならば、高齢者や既往歴のある人たちに御用聞きをして、自宅で必要なものや介護サービスを提供する事業を組織すればいいのです。
なお、本提言の執筆者の多くは、消費税はそもそも不要な税と考えていますが、「消費税停止」(いつか復活する)であっても、「景気が十分回復してから復活させる」としておけば、消費の前倒し効果が働くので不況対策の意味でも有効です。そもそも、安倍首相は消費税を10%に引き上げることに決めた時、リーマンショック級のことが起これば実施しないと言っていました。リーマンショック級以上のことが本当に起こっているのですから、消費税は下げないとおかしいです。

②「消費税停止」「一律給付金」にかかる必要額
消費税停止については、不況対策としてとりあえず1年スパンとし、「3月22日薔薇マーク提言」での考えと同様、予算規模は昨年の消費税収額(国の税収分)を参考に約20兆円とします。一律給付金については、「3月22日薔薇マーク提言」の時点では、新型コロナ感染の流行は夏口には収束することをメインシナリオとして、日本に住む1.26億人に一人20万円の一律給付(合計25.2兆円)を1回給付することを基本線としていましたが、収束の長期化やそれに伴う経済危機がより深刻化していますので、年内に給付を何ヶ月かにわたって複数回行うことが必要になると思われます。そこで当面は、およそ半年の間で20万円を2回給付することとします。給付の対象は、前回提言と同様、手間をかけないこと、不況対策としての有効性、人道上の観点から、日本の全人口1.26億人とします。そうすると必要額は50.4兆円です。ただし、感染拡大・収束の度合いによっては、一回あたりの給付額や給付回数は柔軟に変更できるものとします。

(2)休業補償(雇用確保)・中小企業支援策(家賃免除等)、学生の学費免除<29兆円>

①生活支援、雇用対策、中小事業体支援策
中小零細事業や農林水産業者が生き延びることは、そこで働く人たちの暮らしのために必要というにとどまりません。コロナ禍とそれによる不況が終わっても、経済の生産能力を維持しておくことが必要ということもあります。なので、たとえ仕事が少なくなっても、雇用を確保し、休業しても、事業が生き延びることができるように、税金、社会保険料、家賃・地代、利子、ローン返済、公共料金、飼料代などの固定費がかからないようにする施策が必要です。特に、不運にして倒産・廃業・企業売却などに至ったときに、固定資産税がかかって資本設備がスクラップされないように、固定資産税を免除する措置が必要です。
大学生などの学生は、アルバイト収入がなくなっても、授業料が固定費となっています。図書館も閉鎖など学生活動は制限されており、一律の免除が必要です。
都道府県による休業要請や外出自粛に対して、雇用保障は事業継続としても必要です。なお、休業事業者の粗利補償については、昨年の所得なり粗利なりを基準にしてそれを補償するといっても、今年開業した人、あるいは今年から売上倍増させる構えで諸々準備してきた人は、補償されず損失を抱えることになります。もともと労苦なく巨利を得ていた事業者に、薄利で社会に貢献してきた事業者よりも多く公金で補償するケースが生じるのも公平ではないと考えられます。
ただし、新型コロナ感染者と関係したことによる事業所の消毒にともなう休業については完全な損失補償を行う必要があります。特に医療機関についてそれが強調されます。

②休業補償等支援策の必要額
上述の生活支援や雇用対策、中小事業体支援などの休業補償等支援策は、新型コロナの収束を目指す半年スパンの施策として行うと同時に、経済回復のための政府支出としても位置づけます。
家賃補助については、4月末の野党案5兆円相当額(支援対象を2月以降、感染拡大のため収入が2割以上減った中小企業や個人事業主らと規定。政府系の日本政策金融公庫が家賃を肩代わりし、オーナーに支払う)
●都道府県による休業要請や外出自粛に伴う就業者の雇用保障については、現在政府も、使用者への雇用調整助成金の拡充や就業者への直接支給などを検討していますが、ここでは必要な予算規模を多めに見積もって試算します。
*支給の対象者は、最新2015年の産業連関表から、宿泊、飲食サービス、洗濯・理容・美容・浴場業、娯楽サービス、その他の対個人サービスの最終需要の全額、道路・鉄道の旅客輸送の最終需要の半分、航空輸送の最終需要の三分の二が消えたとしたときの波及効果に、各部門の就業者投入係数をかけて、全経済の就業者の減少を試算すると、1145万人。
*必要額は、(1)の現金給付20万円×2回とは別枠で、20万円を4ケ月分支給と考えます。
*合計すると、約9.2兆円の支出となります。
公共料金については、同連関表の家計消費中の電力、ガス、熱供給、水道の金額に、全就業者中の上記1145万人の割合をかけて、半年分にするため2で割ると、約7兆円となります。これを電力、ガス、熱供給、水道の全額補助の規模イメージとします。
社会保険料(雇用主・本人)については、上記波及効果に、各部門の雇用主負担社会保険料の総生産額に対する比をかけて、その総計を、産業連関表データの年である2015年の雇用主負担社会保険料の社会保険料総額に対する割合(SNAより計算)で割り、半年分にするために2で割ると、2.3兆円となります。
・学生(学費)について:半年スパンで考え、国立大学授業料の標準額約54万円/年の半年相当を免除×300万人=1.6兆円
また前掲のとおり、中小企業の既往債務は、国が借り換えして無利子、返済猶予とします。これは、預金通貨を増やすことがないので、インフレ上限のある赤字財政支出の額には含まれません。個人の住宅ローン、奨学金債務・学費ローン等の債務も同様とします。
中小事業者の固定資産税の免除。現在、中小企業の支払う固定資産税は2兆円です。これが支払われなくなる苦境に陥るケースを大きく見積もって半分として1兆円と考えます。
●そのほか、個人の家賃補助、医療費補助、畜産家の飼料代の補助、中小企業への貸付等々に2兆円を見ておきます。不況に伴う雇用保険給付や生活保護の増加など、従来の制度で見込まれる支出増については、それを見込んだ上で50兆円のGDP減少が予測されているものと考え、物価安定限度までの財政純支出額の枠の中には入らないものと考えます。

(3)医療装備品等の設備投資・開発支援、買取、供給ルートの確保など<2兆円>

マスクや防護服、消毒剤、人工呼吸器などの供給不足が解消されない原因に、メーカー企業がコロナ禍が終わったらまた現在のようには売れなくなることを恐れて設備投資に二の足をふむことがあげられます。同じことは、例えば今、コロナ禍が長引くことを見越して農家に小麦を作ってもらおうとしても起こることでしょう。したがって、これらのものは、政府が一定期間、備蓄用に適正価格で買い取ることを保証する必要があります。
さらに、政府の経済対策でも、設備投資への補助があげられていますが、必要に迫られた場合、政策金融公庫を公的機関に戻すか、特別の政策銀行を作り、それを通じて当該企業の株を買う出資の形で、必要な設備投資をさせることも検討すべきです。
また、医療用装備への発注や備蓄が分散的になされていて、供給があるのに需要が満たされないミスマッチが生じる懸念があります。そこで、政府が音頭をとって、医療機関と介護施設などで、メーカー(医療の部材,医療機器)と卸売会社、輸入業者、医療機関や介護施設の関連団体に協力を要請し、共同仕入れの組織を政府100%出資の株式会社として作り、必要とするところに迅速に供給する体制を整えることを提唱します。さらに、これによって、これから感染流行が予想される地域のために在庫を準備し、感染が収束したときには各地に備蓄を蓄積することができます。
第一次補正予算の経産省のマスク・アルコール消毒液等生産設備導入補助事業では、補助率2/3〜3/4で29.1億円つけています。アビガン・人工呼吸器生産のための設備整備事業に87.7億円、ウイルス等感染症対策技術対策に110億円。合計226.8億円になります。それに対して、アメリカの同様な目的の予算は備蓄用も合わせて270億ドル(約2.9兆円)と桁が違います。日米人口比の2.6で割っても、1.1兆円は必要です。ここでは多めに見て2兆円必要としておきます。

(4)感染リスクのある職種で働く人に、コロナ危険手当。医療、介護、保育、食料など生活者に必要な供給力の維持・増強<31.5兆円>

①医療、介護、保育、食料をはじめ、幅広い供給力の維持・増強。
供給力の維持に関しては、簡単に経済政策だけでうまくいくものではないことはまず申し上げておきたいところです。というのも、供給力とは、働く人たちの提供する労働の力にほかならず、それは一朝一夕に生まれるものではありません。どんな仕事であっても、技能や経験を積んだり、家族と生活するといった暮らしの営みの中で発揮される社会的な力です。この30年ほど続いた新自由主義政策によって、非正規雇用や、外国人技能実習生(という名の一時的な奴隷労働)の安上がりな利用がはびこり、この国で生きている人たちによる供給力はすでに低下させられています。この状況だからこそ、コロナ禍で深刻な医療崩壊が起きているのだということを見据えなければいけませんし、状況を立て直すためには、経済政策の発想を根本的に改め、政府が労働能力の維持・発達に、お金と時間をかけなければいけません。その上で、次のように、当面必要な対策を挙げました。

②コロナ対応インフラの整備
検査体制を拡充し、新型コロナに感染した場合はもちろん、風邪でも大怪我でも、医療を必要とするときに誰もがただちに適切な医療を受けることができるように、医療インフラを充実させる必要があります。新型コロナの感染が判明した無症状や軽症の人のための安心できる居住施設も、ホテルの借り上げなどで確保する必要があります。新型コロナ対応専門の臨時病院を国費で建設することも必要でしょう。予定候補地域は,大流行が予想される地域の近隣の、たとえば,「東京2020大会」選手村をはじめとする施設・用地を活用すればいいです。(財政規模として1兆円見ておきます。)

③危険手当:医療
他方で当面、分野によって、人員不足、供給不足が起こることに対する対策を考えなければなりません。政府の対策では、長期的な意味での供給力向上策については、いろいろな分野について、饒舌に語っていますが、根本的な政策への姿勢を改めない限り、対応は十分とは言えません。医療提供体制整備の予算はわずか1490億円です。
特に緊急を要するのは、医療関係の人員です。感染の危険にもかかわらず、最前線で医療に従事している人たちの自己犠牲的な奮闘には頭が下がります。しかし、その労を社会的に評価するという場合、金銭を手当することは必須ですが、現在、防護体制・手当いずれも不十分です。実際、病院で医療従事者に新型コロナウイルスの感染者が集団で発生し、働けなくなる事態があちこちで発生しています。防護体制が不十分のままコロナ対応病院になったことで職員が仕事を続けられなくなる事態も起こっています。こうして人員が足りなくなって医療崩壊に向かっている病院がたくさんあると考えられます。政府の対策では、人材の養成、研修などの掛け声ばかりで、中身が伴いません。
これに対処するためには、まずもって、防護体制に最善を尽くすことを大前提として、病院にお勤めの医療関係者や風邪症状に対応する診療所関係者には公的に危険手当を出す必要があります。万一感染してしまったときの十分充実した公的補償も必要です。病院用の宿泊・収容用ホテルやタクシーなどを十分な公金を投じて確保し、そこで必要な従業者にもやはり危険手当をつけるべきです。
また現状のような、医療従事者に対する防護や補償が不十分な状況が放置されたならば、今後、医療を志す人が減る恐れがあります。防護を万全にしながら、それでも避けられないコロナ感染のリスクの中で従事した人には、その労を社会的に評価することが必要です。不運にも感染してしまった方には、当然ながら無条件に労災が適用されるべきです。

④危険手当:介護、保育、食料供給、インフラ部門等
公的な危険手当や万一感染した場合の補償は、医療従事者の方々だけではなく、介護、保育、食料品・日用品の販売、鉄道・バス・タクシーや配送、海運などにたずさわっておられる人たちにも出し、人材の確保に支障が出ないようにすべきです。(なお、その他の分野では、出勤そのものも多少の感染の危険を冒すことになるのですから、出勤させる場合は事業者負担で危険手当を出すルールにするのが適切です。電力、ガス、水道、港湾、廃棄物処理などのインフラ部門などではその手当に公的補助をつけるべきでしょう。)

⑤危険手当の考え方・必要額
公的な危険手当の金額は、例えば、れいわ新選組では、医療・福祉や必要な供給などを担う労働者に対して、南スーダンPKO隊員の「駆け付け警護」の危険手当と同額の日額2万4千円を掲げています。あるいは、介護・障がい者事業に関して、発熱等の感染が疑われる利用者へのサービス提供が必要な場合に、原発の除染作業員相当の日額2万円を掲げる団体もあります(介護・福祉総がかり行動)。手当の額は、これらを目安に、現場の方々のご意見を踏まえながら感染リスクに応じて設定する必要があります。
現在は、陽性患者を看た医師、看護師に日額数千円の手当が各自治体で予算化されていますが、手当を受けられる人も限られていますし、手当の額もリスクや人員確保への対応としては低すぎます。また、予算確保は必要額から積み上げるべきであり、その規模からして政府が支出する以外に方法はありません。寄付に依存する発想は脱却しなければなりません。

⑥危険手当の必要額の試算
試算に関しては、非常に幅のある数字のため、大まかな財政規模として提案します。コロナの収束を目指す施策として、公的な危険手当を半年間支給するものとします。危険手当の支給対象は、上述の、医療、介護、保育、食料販売・配達、インフラ部門等で働く方々(約1,749万人※1)とします。
医療・保健衛生部門で働く人々(職務に関係なく)1日2万4千円×424万人※2
介護・福祉・保育部門で働く人々(職務に関係なく)1日2万円×447万人※3
食料供給・流通・インフラ部門1日5千円×878万人
一月22日6ヶ月で計算すると、31兆円になります。
以下、大まかな財政規模の試算のために支給対象人数を設定したものであり、試算に加えなかった分野においても支給対象とすべき場合は十分にあり得ます。
※1; 総務省統計局「労働力調査」産業, 職業別就業者数2020年3月の該当部門の合計から、5年に一回行われる「平成29年就業構造基本調査」の産業別人口より、「社会保険事業団体,福祉事務所」の7万人を引いたもの。

※2; 総務省統計局「労働力調査」産業, 職業別就業者数2020年3月の「医療業」「保健衛生」。
※3; 総務省統計局「労働力調査」産業, 職業別就業者数2020年3月の「社会保険・社会福祉・介護事業」から、「平成29年就業構造基本調査」の産業別人口より、「社会保険事業団体,福祉事務所」の7万人を引いたもの。

 

⑦供給力の維持・拡大が必要な分野で、多くの人が働けるような仕組み(労働のシフト)
ロックダウン(都市封鎖)による世界的な物流の停止や輸出制限によって、食料不足が起こる危険が指摘されています。国内の農業生産についても、外国人技能実習生が入国できなくなったことで作付けを減らす動きが出ています(この提言の筆者たちは、外国人技能実習生は事実上の奴隷制であって廃止すべき制度と考えています)。もし集中して労働を投入すべき時に農業従事者にコロナ感染者が出たらという恐れもあります。特に、農業従事者が高齢化している現状があって心配されるところです。当面の焦点は春の作付けです。食品の加工、物流の段階でも、感染やその恐れによって人員不足が起こる可能性があります。そうなると、食料品の供給不足からくる価格上昇が問題になります。多くの工業製品やサービスの価格が下落して需要拡大策が必要となるにもかかわらず、食料品の価格が上昇すると、その政策の舵取りが困難に陥る恐れもあります。
これを防ぐためには、今一度、その仕事がいかに私たちにとって大事なものだったかを再評価し、お金で労に報いる体制を作っていかなければなりません。まずは、これまでの外国人技能実習制度という強制労働をやめようという社会的な決断をすることです。そうした上で、今、休業を余儀なくされたり失職してしまったたくさんの人たちに、そうした仕事を引き受けていただけないか提案して、希望者を登録、組織し、検査や十分な待機期間を経た上で、コロナ問題が終息するまでの間、農業生産、加工、物流、販売・配送の各段階で働いていただくことが有効です。その際、ご本人の意向を尊重し、そして収入と労働条件や住まいの確保を公的に補償することが必要です。この一連の労働のあり方と内容の変更を「労働のシフト」と呼ぶことにします。
この労働のシフトは、農業生産に限らず、目下供給不足が問題になっている、医療、福祉などのサービス、マスク、消毒剤、防護服、人工呼吸器などの生産と物流についても適用されるべきです。電力、ガス、水道、港湾などのインフラ部門で、集団感染による人手不足が起こった場合も同様です。また、これらの部門で、供給能力を拡大するための設備投資が起こった場合、その建設などにも人手が必要になるでしょう。
休業、失職している人たちの中には、供給の足りない部門で必要な技能を持っている人もいるかもしれません。地域レベル、全国レベルでこのロジティクスを組織するためのマッチングのシステムを構築して、供給不足への対処であると同時に国による雇用保証のプログラムとすることができます。
この事業の登録者の確保には、休業中の従業員がこの事業に参加しやすいように、事業者は休業中の従業員がこの事業に参加することを希望した場合認めなければならないとか、現行休業手当制度の場合は、この事業からの賃金所得分は休業手当を払わなくていいといった制度化が有効と考えられます。また、大学生は現状、期待と違うオンライン授業を強いられていますので、今年一年間の休学は、休学上限までの休学期間にはカウントされないなどして、この事業に参加しやすいようにしてはどうでしょうか。

⑧労働のシフトの必要額の試算
この試算に関しても、非常に幅のある数字のため、考え方の参考として提案します。上記休業者の休業補償月20万円(最初2ヶ月は給付金)に、月10万円追加して半年働いてもらうものとします。休業補償のでない失業者は月30万円で働いてもらいますが、上記計算では失業するかもしれない人も一律に休業者とみなして20万円国が支出するものとしてカウントしていますので、二重計算を避けるために10万円で計算します。1都道府県で平均10万人、約50万人労働シフトをする場合、最大3000億円ほどの必要額となります。危険手当、検査費用等を込みで5000億円見ておきます。

(5)地方交付金の増額など<6兆円>

・地方消費税分約5兆円プラスアルファ。

(6)そのほか

薔薇マーク3月22日提言の、そのほかの以下の対策は、引き続き提言します。
・住む場所の確保
・本人の意に反した就労を強制する違約金契約は無効とする緊急立法
・有給傷病休暇の緊急立法
・災害関連の寄付控除制度などを新型コロナ関連に適用する措置

(参考)政府支出乗数の推定について

今回の提言(詳細解説3.①)で用いる政府支出乗数は0.85である。
GDPの定義式は、GDPをY、消費をC、民間投資をI、政府支出をG、輸出をX、輸入をMとして、Y=C+I+G+X-Mであるが、外生変数をまとめてY=C+A-M、とする。ただし、A=I+G+Xである(時点を表す添字tは省略する)。
(以下、機種依存文字多数のため画像掲載)

以上