99% のためのベーシックインカム構想

99%のためのベーシックインカム構想(要約および本文)

2021/04/04
朴勝俊(関西学院大学総合政策学部教授)
山森亮(同志社大学経済学部教授)
井上智洋(駒澤大学経済学部准教授)

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99%のためのベーシックインカム構想(要約)

 ベーシックインカムは、全ての個人に均等に一定の金額を定期的に給付する制度です。これが他の社会サービスなどを補完することによって、「健康で文化的な最低限度の生活」や、個人的および社会的自由の保障に、現在より近づくことができます。
 高度な生産力と貨幣発行権を持つ日本では、不況下において、政府が国債を市中に売却し、日本銀行がそれを買い上げるような方法で、現金給付が可能です。しかし経済が回復して物価上昇率が高まった場合に備えて、税制等によってそのおカネを回収する仕組みも必要です。
 こうした認識から、私たちは2階建てのベーシックインカムを試案として提案します。2階部分は、政府と日本銀行の協調による貨幣発行(国債発行と日銀の買い入れ)によるもので、均等の給付を行うことで景気回復を促し、物価安定目標を達成することを目的とします。その金額は、政府や日銀が裁量的に決定しますが、経済が回復するとゼロに向けて縮小します。当面は深刻な経済停滞が続いているため、1人1月7万円の給付を想定します。
 1階部分は、恒久的に安定的な給付額を保証するもので、この部分については税による裏付けを必要とします。新税の設置や、所得税等の増税によって確保できる税収額に応じて、それを人口と12ヶ月で割り算し、1人1月あたりの給付額が決められます。ちなみに、1億2600万人に1人1月あたり1万円を給付するためには、およそ15.12兆円の裏付けが必要です。その中心になるのは、所得税制の改革(所得控除の廃止と、税率の引き上げ)です。私たちの試算によれば、これだけで45兆円弱の増収が見込め、1人1月あたり3万円弱のBIが可能です。経済回復によってさらに増収となれば、BIの金額はもっと増やすことができます。それ以上に1階部分の金額を増やすことは、それ以外に様々な税金を新設・増税すれば可能となります。もし税収が不足することになっても1階部分の金額を減額することはないものとします。
 BIを運営するために、BI特別会計を設置します。BIの裏付けとなる税収はこの会計に繰り入れて管理します。既存の社会保障制度との関係については、私たちは原則として既存制度に手をつけません。ただし、児童手当(約2兆円)については、BIがとって代わるものとして廃止し、この予算分をBI特別会計に繰り入れます。生活保護の現金給付については、1階部分を収入認定し、自動的に調整をします。その他、国民年金の基礎年金部分については、一般財源から国庫負担が行われていますので、それとの調整を検討する余地がありますが、私たちは現段階で、その議論には立ち入りいません。私たちの提案では、1階部分と2階部分の合計で、当面は1人1月10万円(三人家族で年額360万円)の給付が可能です。1階部分と2階部分を合わせても、現行の社会政策体系のもとではすべての人に生活に十分な金額を保障できるわけではないので、これはいわゆる「部分BI」と呼ばれるものに相当します。

【解説】 松尾匡(薔薇マークキャンペーン代表)

 このベーシックインカム構想は、薔薇マークキャンペーン呼びかけ人である、朴勝俊関西学院大学教授、山森亮同志社大学教授、井上智洋駒澤大学教授の連名で発表されたものです。薔薇マークキャンペーンの組織的な意思決定にもとづくものではなく、個々の呼びかけ人・事務局員は責任を共有していないことにご留意ください。とても詳細に検討された案で、これからの叩き台として有益だと思いますので、本サイトの「反緊縮資料室」で公開するものです。
 この構想は、現行の税制と社会保障制度の大枠には、あえて手をつけないことを大前提にして組み立てられています。これは、現行の税制と社会保障制度の大枠を変革すべきでないことを意味するのでは決してなく、これらの大枠を変革することによって、より理想に近いベーシックインカム制度をめざす立場——私自身もその立場にありますが——に対しても開かれているものです。
 また同様に、この構想は、きたるべき総選挙に向けて、自公維と対抗する、政党などの政治勢力に参考にしてもらうことを意識していますが、これらの政治勢力が税制や社会保障制度についてこの構想の具体的扱いに則ることを主張するものでは全くなく、各々の税制・社会保障制度についての主張の上に、この構想を検討してもらうことを想定しています。

(ついでながら私見のコメントを加えると、税制については、インセンティブ操作の観点を強める方向が考えられます。たとえば消費税増税と所得給付の組み合わせは貯蓄への補助金となるので、不況克服にはマイナスで、加熱抑制にはプラスです。しかし景気加熱は通常設備投資拡大が主導するので、設備投資控除なき法人増税で設備投資にマイナスのインセンティブをつけることが有効かもしれません。)